『グロテスク』

d. 人文科学と芸術


 桐野夏生著。しばらく前に読了していたのですが、まとめるのに時間がかかりそうで躊躇していました。結論から書くと、傑作です。
 この小説は、怪物的な美しさを持つユリコ(白人とのmixed)の「姉」が語り手となり、その姉とQ女子高で同級生だった和恵、その他人物の日記、手記、手紙から成っています。姉は幼少の頃から、妹ユリコの人間とは思えない美貌にいつも縛られている。和恵はQ女子高に合格するため、そして合格してからも勝ち残るために滑稽な努力をした。世の中には努力ではどうしようもない、家柄や容姿という基準があるのに。
 これらの記述から、ユリコと和恵が中年になってまでなぜ娼婦として、新宿と渋谷の汚いアパートでチャン(中国人)に殺害されたのか、というのが明らかになっていく。もちろん、その後もありますけどね。
 恐ろしく緻密な小説です。皆が皆、嘘をついている。誰もが経験あると思うのですが、当事者の書いた文章や話に傍から触れると、偏っていたり事実が都合よく捻じ曲げられているのに気づくでしょう? でも、逆にそれらは妙な現実感を伴うはずです。
 登場人物の事実や嘘が幾重にも重なって、この小説を作り上げている。生々しさは強烈です。
 Q女子高での話一つとっても、この作者は似たような環境にいたことがあるのかと思ってしまいました。そこでは先ほど挙げた本人の努力ではどうしようもない、家柄や容姿という価値も駆使されて、競争が行われている。女性の場合、容姿は一目見てわかる基準なので、競争は熾烈を極め複雑になります。
 都内に実家があって、私学の小、中、高いずれかに関わった女性は、この小説への没入度はとんでもないものになるのでは。反対に、慶應の幼稚舎=幼稚園のようなズレた認識を持って今まできている男性でも、最初からのめり込むことができるはずです。
 それほどよく書けてる。Q女子高校以外のこともね。作者は相当な洞察力でもって書き、丁寧な調査もしたはずです。
 『グロテスク』というタイトルは、ぴったりだと思う。この小説は、社会のほぼ縮図。
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 私ね、この世の差別のすべてを書いてやろうと思ったんですね。些細な、差別と思っていないような差別。
 お金も美醜も、家柄も地域も、勉強できるできないも、全部の小さな差別をいれていこうと思ったんですよ。
 エリートになればなるほど、たぶんものすごい差別がいろいろたくさんあると思うんです。
 競争が激しい。それが女の子の場合、もっと複雑になるというのかな。厳しいんじゃないかと思うんですよ、女の子は。
(「本の話」7月号 『グロテスク』著者インタビューより)
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P.S.
 私学の小中高がのほほんとしているなんて、幻想ですよ。人生の早いうちから、競争せざるをえない環境です。
 勘違いしている人、たまにいますが。

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